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ハカジマイ。

今は無き、関心空間という空間からダイブして来ました。

オルガストロン

ウディ・アレン様の映画『スリーパー』に出て来る未来のキカイ、

オルガストロン。

丸っこい電話ボックスみたいな小箱というか小部屋に、

ミライの男女が仲良く手を繋いで入って行きます。

程なくして、うっとり満足顔で出て来る二人。

そう、これはつまり、体を使わないセックス(体験)のキカイなのです。

ウディ様の描く、

2173年のセックスは、このようになっています。

かなりはちゃめちゃでシニカルなミライ、

ウディ様お得意の皮肉だったのでしょう。

けど、

彼の意図とは裏腹に、

そのミライはかなり微笑ましい。

今となっては。

細分化されたアダルトビデオ、

多様化されたセックス産業、

「お一人様」用の商品やサービスが選び放題、

しかも案外安価。

「セックスなんて面倒くさい」

「恋愛なんて億劫だ」

億劫なんて言う若人は今時居ないでしょうが、

そんな彼等のお気持ちは、

なんとなく、察しが付くってもんです。

ウディ様の描くミライの男はみなインポでしたが、

2014年時のニホンでは、この様になってます。

恋人不要、人格無視、他者を排除するようなセックスが、こんなにも支持されるなんて、

現実はSF よりもシニカル。

セックスマシンに入って行くのは、

手を繋いだ若い男女。

妙ちきりんなキカイが介在するにしても、

ウディ様の描いたミライのセックスは、

ほんわかかわいくて、

ちょっと悲しい位、マトモに見えちゃうのです。