母の顔
最近、母の顔になった。
母親の顔になったと言う意味では無い、
自分の顔が、かつての母の顔によく似ていると言う事だ。
勘定してみたら、なるほど、あの頃の母と同じ様な歳になっている。
母は26で私を産んだから、私が二十歳の時、母は今の私と同い年の46だ。
母の仕打ちは私が娘時代に差し掛かる頃から激しく、陰湿になって行った。
自分が日に日に老いて行くこと、
ひきかえ、娘はどんどん娘盛りに近づいて行くこと、
それは娘である私のせいではないけれど、きっと私の罪だったのだろう。
父の浮気がますます本気になって行くこと、
そのくせ、家では娘に色目を使い風呂を覗くこと、
これも娘である私のせいではないけれど、それも私の罪だったのだろう。
今、ふと鏡に映る横顔に、母を見る。
去年から今年にかけて、急に白髪が増えた。
顔もたるみ、皺も深くなった。
ああ、そうなったなぁとは思うけれど、かつての母の様に焦る事は無い。
若さとそれがもたらす美とは、私にとって災いとそれを予感させる恐怖でしかなかったからだ。
だから私は、母の前では、常に太った野暮ったい娘でいなければならなかったし、
そうすることが、私の義務であり安心でもあった。
今、老いて行く自分を見て、あの時の母の女心が判らないでもないけれど、
やはり私にはわからない。
若さと美は、今でも私にとって見えない恐怖を連れてくる。
だって私は、今でも母より26歳も若いのだから。
それはやっぱり娘である私のせいではないけれど、
今も私の罪なのだ。