昭和42年生まれ元司法浪人無職童貞職歴無しの赤裸々ブログ
こんにちは。
キーワードで書かせてて頂いたお話しの続きです。
こちら:http://www.kanshin.com/keyword/...
「昭和42年生まれ元司法浪人無職童貞職歴無しの赤裸々ブログ」
http://ameblo.jp/anokoronimodoritai/
と言うのを知りました。
なんと!同い年の人気ブロガーさんとは!
と、なんとなく嬉しくなって拝読。(正しく言うと一学年上の方でした)
夜中だったのですが、というか夜中だったので、つい一気に読んでしまいました。
不思議な吸引力。
流石は「人気ブログ」!です。
(ご参考:http://ja.yourpedia.org/wiki/...)
作者の方はタイトル通り、「元司法浪人」を名乗る御方で、やはりタイトル通り昭和42年のお生まれとのことなのですが、文中に何度か「ひのえうま世代」と書いておられたのが私にとっては印象的でした。
「ひのうえま世代」
つまり、昭和41年に生まれた人を中心に昭和42年の早生まれの人を加えた学年。
(ご参考:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/...)
有名な方だとキング・カズ様と同じ学年です。
(ご参考:http://s42nen.blog.fc2.com/...)
私達、「昭和42年生」は、「元司法浪人」様方、「ひのうえま世代」の次の学年になります。
(昭和42年生:http://www.kanshin.com/keyword/...)
私の育った地域では、「丙の女は男を喰う」と言う、なんだか空恐ろしい言い伝えがありまして、それで暦の上で丙午に当たる年には子どもが授からない様に気をつける、つまりバースコントロールをする訳です。
「明るい家族計画」ですね。
(この自販機、ご存じでしょうか?)
そんな訳で丙午の学年は子どもが少ない。その学年だけ。
しかし時はまだ戦後の匂いが微妙に残る高度経済成長期です。
平和な時代になって、子どもをバカスカ生んでた時代です。
その中にあって、丙午の学年だけ子どもの数が少ない。
いわばプチ少子化状態です。
その反動で翌年の私達「昭和42年生」は子どもが溢れていました。
いや、この「溢れていた」と言うのは私の印象ですが、本当に「溢れていた」という感じでした。
小学校では教室が足りなくて理科室や家庭科室まで教室とし、それでも足りなくてプレハブの仮設教室で学びました。
今こそ35人教室とか30人教室とか言っていますが私の中学時代は1クラスに55人が詰め込まれてました。
そしてこの時代は校内暴力とツッパリの全盛期でもありました。
中学校の校内では「ひのえうま世代」の先輩方が暴れまくってたのです。
そんな調子で私達、「昭和42年生」の大人数の大群が暴れ出したらたまらない、とでも思ってたのでしょうか、教員の皆様方は口々に「お前等(の学年)から叩き直す!」と、
取り入れましたるは軍隊方式、「昭和42年生」は来る日も来る日も運動と掃除ばっかさせられていました。
そして高校受験。
「A高志望?うーん、去年なら絶対安全圏なんだけどなぁ…今年はなぁ…どうかなぁ…やっぱり、ランク落としといた方がいいんじゃないか」
なんて言われたのが「昭和42年生」。
ブログの作者「元司法浪人」様の文中にも、「ひのえうま世代であり、受験は比較的楽な世代に生まれていた」と書いておられます。
(引用:http://ameblo.jp/anokoronimodoritai/...)
空いてる教室で学ぶ「ひのえうま世代」
校内で大暴れしてる「ひのえうま世代」
受験はやりやすかった「ひのえうま世代」
そんな風に見える1つ上の学年である「ひのえうま世代」の方々を、私達「昭和42年生」はちょぴり羨ましく思っていた様に思います。少なくとも私はそうでした。
けれど…「昭和42年生まれ元司法浪人無職童貞職歴無しの赤裸々ブログ」を読むと、
ある事象がラッキーかアンラッキーか、良いか悪いか、損か特か…そんなことは結局本人次第なんだと再確認することが出来ます。
どうもありがとうございました。
幸せは、歩いて来ない、
だから歩いて行くんだよ。
でも、どっかを目指して歩かなくったって、
今もう既に幸せだってことに気付きさえすれば、
まるごと幸せなんだ、私達。